日本美術史 JAPANESE ART HISTORY (美術出版ライブラリー) (美術出版ライブラリー 歴史編) の感想

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私は遥か昔の学生時代から、美術出版社が刊行する良質の画集や美術書には随分とお世話になって来たが、この度、またしても同社から価値ある良書が出版された。
その名も『日本美術史』ーA4判という手頃なサイズで、重過ぎもせず、薄過ぎもせず、極めてコンパクトにポイントを押さえているのが特色で、日本美術通史を学ぶ上では非常に便利な一冊である。

本書が扱うのは、縄文・弥生・古墳時代から戦後・現代の美術まで。
時代毎に分けた十章から成っているが、先ずは各時代の概要を解説した上で、それぞれ焦点を絞って個別に紹介している為、各時代の特色と当時活躍した芸術家達とが直ぐに解る仕組みとなっている。
例えば「桃山時代」として纏められた第六章では、冒頭部分で絵入り本や障壁画の発達について述べ（然も、まるで教科書のように、覚えておきたい用語は太字という親切さ）、狩野派や土佐派の活躍、更には古田織部等の登場にも言及し、最終的には「短くも豊かな、戦乱からの復興の時代」と定義付ける。
そして、こうした内容をお浚いした上で、愈々「狩野永徳の軌跡」「等伯と友松」「狩野光信と土佐光吉」…といった具合に、具体的な紹介が始まるのだ。
以上のように、本書は何れの章でも「概要を掴んだ上でより深く踏み込む」という展開に一貫性があるので、大きな流れだけを知りたい方にとっても、或いは、微に入り細に亘って知識を得たいという方にとっても実に有用だと思う。
残念ながら日本建築に関しては殆ど言及が無いものの、絵画、彫刻、工芸から書に至るまで、日本に於ける造形美術をほぼ完璧に網羅していると言っても過言ではなかろう。

尤も、こうした構成は美術通史を扱う書では一般的…と言えばそれまでである。
然しながら本書は、画質の良さ、その数の多さ、各専門家が丁寧に執筆した解説、更には、鋭い着眼点を以って必要に応じて掲載されたコラム等、何処を取っても極めて質が高いのだ。
勿論、本書の優れている所はそれだけではない。
例えば、伊藤若冲の《動植綵絵》全30幅のうち27幅を見開き一頁を使って一挙に公開している所は特筆に価するのではなかろうか。

監修者の一人が明治学院大学教授の山下裕二氏ですから、オーソドックスな編集の中にスパイスが効いているという構成でした。
見開き2ページで一つのテーマが完結しているのも初学者には理解しやすい記述でしょう。
とくに、教養としての日本美術史や芸大生の学習には本書は最適でしょう。オールカラーで400ページ弱のボリュームでかつ廉価ですから。

はじめにで「日本美術史を更新するために」という山下氏の本書への思いが語られていました。そこで挙げられていた「伝源頼朝像」については、後のコラムで紹介してありました(後述)。また応挙、蕭白、芦雪、大雅、蕪村などにかなりページを割いたそうです。それも本書の特徴を形作っていました。

確かに若冲は充実していました。「動植綵絵」は30作品全てが見開き2ページで観賞できます。相国寺に寄進した30幅の極彩色の細画には脅かされることでしょう。華麗な色彩を駆使しており、写実的でありながら非現実的なモティーフがまた異端の画家の本領発揮と言えるでしょうから。詰め込んで掲載したこともあり、図版が小さいのでイメージが伝わるくらいですが。ＭＩＨＯ　ＭＵＳＥＵＭ蔵の「象と鯨図屏風」も話題になった作品ですので、選定の妙と言えるでしょう。実際、江戸時代の絵画や絵師の該当ページはしっかりと特徴ある代表作が選ばれており、本書のスタンスが伝わってきますし、この視点を支持します。
円山応挙をもう少し充実させても好いとは思われますが。近年の美術展での再評価の反映もまた美術ファンにはまたれるところです。
狩野一信の「五百羅漢図」など近年の話題作も取り入れてあり、類書との差別化も図られていました。

58ページの「正倉院宝物の世界」掲載の「螺鈿紫檀五絃琵琶」の細工の美しさは格別です。写真でもその素晴らしさが伝わってきます。とても1200年以上を経過したとは思えない保存状況で驚いています。毎回ですが。この名品が正倉院宝物の中でも特に人気のある品なのは当然だと思っています。