突然のキス―恋愛で読み解く日本文学 (ちくま文庫) の感想

もちろんいろんないいかたができるとしても、
たとえば恋愛の坩堝を通過し、生き残ったものを語るのはついにいまの自分であり、
語られたのはかつての自分。他者にすぎない。
それは突然のような偶然だったし、真実だったのかどうか、
語るものはわたくしでも時間でもあなたでもなく、
書かれた言葉にすぎない。
だからこそ著者は書かれた言葉を子どものように大事にして、
抱きしめるように読み、
あからさまに過去のわたくしとともに語ろうとする。
その仕草にはかつての『賭ける魂』のように、
ちいさなわたくしの極く私的な体験が宿っていて、
その体験を輝かせるのはわたくしでもあなたでも他者でもいい、
突然に合わさった未知のふたりの唇のような官能的な出来事であり、
それはほかならぬわたしであり、あなたであり、あなたがたなのだ、
関係こそがわたくしをあなたを形作るのだと、
ぼくの大好きな著者が21編の小説をだしに語っている。