善の根拠 (講談社現代新書) の感想

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「諸行無常」「諸法無我」の思考を突き詰め普遍的な真実や一貫的な「自己」の存在を否定する仏教は、善悪の区別、倫理の根拠を、究極的には持ち得ない。そうした、ほとんどの仏教者は深刻な問題とすることはないが、しかし、とても致命的で危険極まるかもしれない前提から出発して、あくまでも仏教の立場から人間にとって善とは悪とは何かを思弁し通した作品である。
いつだって他者から課せられる、矛盾と困難に満ちた「自己」の受容から導かれる善、その「自己」の否定や拒絶や破壊としての悪、そしてその善悪の区別を成立させる根拠としての共同性（社会）、といったように、実際に展開される論そのものは、仏教色がそれほど強いわけではなく、おおよそ普遍的な言葉づかいである。だが、そうした結論に至るための著者の探究の背後にあるのは、明確に仏教の理説であり、思考の素材には仏教の具体的な戒律が用いられる。でありまた、仏教の教えが鵜呑みにされたまま援用されているのではなく、たとえばセックスを禁止する戒律の不可解さを批判的に吟味しつつ、仏教（者）にとっての倫理の意味が問われていく。
文章は比較的平易だが、問題の根源性からしてときに難解であり、また明解な結論が出ないままの議論もある。これ一冊読んで善悪の根拠が得心できる、ということには無論ならないが、しかし貴重な思索の成果をかたちにしてくれたという感想は強くある。