ハイデガー=存在神秘の哲学 (講談社現代新書) の感想

207 人が閲覧しました

　正直言って圧倒された。これまで何冊かハイデガーへの入門書を読んできたが、どんなに論者の視野が広くても、どれも『存在と時間』に重点が置かれすぎている印象を受けていたが、本書では最初期から最晩年まで、決してどの時期も捨てることなく、その思索がまんべんなく辿られているような印象を受けた（ナチズム問題についても逃げることなく、真正面から論じている）。読者は必ず、これまでのハイデガー像の変更を迫られる。しかも、決して専門的な叙述になることなく、かといって浅くなることもなく、読者にハイデガー自身の著作にぜひ取り組まなければならないと思わせるほど、力強い。すでにその著作に馴染んでいる人に対しても、読み方の変更を迫ると思われる。
　本書のキーワードは，「形式的指標」である。古東氏の指摘によると，ハイデガーの言説作法は，ハイデガーの思索の中心テーマである「存在」との前言語的接触を読者自身が引き起こすために仕組まれた「形式的指標」なのだという。これはハイデガー自身が語っていたにもかかわらず，大きく取り上げられたことがないキーワードである。古東氏はこのハイデガー自身の指示にしたがってハイデガーの文章を読み解くことを試みている。
　また特に本書で大きなテーマのひとつなっているのは，ニヒリズムをその内側から裏返すことである。それは「存在」がニヒリズムと大きく関わるからである。しかし，だからといって本書は，お気楽なポジティブ・シンキングに陥ることはないし、癒されたい症候群の人々に心地よい言葉でそのニヒリズムを慰めることではない。あるのは「なにもそこまで…」と思うほどに壮絶なニヒリズムとの対決であり、また，ニヒリズムを裏返し「今ここ」を生きるために、われわれ人間が気付くべきものへの「道」に至る手がかりである。決して「答え」ではない。「答え」は、示唆されるにとどまる。読者に求められるのは、ハイデガーがその人生（そして彼の言説）における試行錯誤によって示した「道」（＝形式的指標）を自らの足で歩くことである。